東京地方裁判所 昭和37年(ワ)5624号 判決 1967年12月23日
原告 中村和三郎
被告 国
代理人 荒井真治 外一名
主文
被告は原告に対し金四〇万円およびこれに対する昭和三七年七月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
事 実<省略>
理由
一、原告の主張第一項記載の事実は当事者間に争いがない。
二、(証拠省略)を総合すれば、原告および合資会社中村商会は昭和三〇年一二月一〇日中村フサから本件建物を期間二〇年の約で賃借し、原告が昭和三二年五月二〇日新潟県知事から旅館営業の許可を受けて本件引渡執行まで本件建物において「舞鶴館」名義で旅館営業を営んでいたこと、その間原告は東京に住居があつたので常時本件建物に居住していたわけではなく、一箇月のうち半分以上本件建物を留守にすることもあつたが、留守の場合は中村フサの次男である中村林司夫婦に経常の旅館営業事務にあたらせていたことが認められ、これに反する証拠はない。右事実によれば本件浜口執行吏による引渡執行の際原告は本件建物を占有していたというべきである。
三、次に浜口執行吏が債務者を中村フサとする前記不動産引渡命令によつて本件引渡執行をなしたことに過失があつたか否かを判断する。
(証拠省略)を総合すれば、本件引渡執行当時、原告は東京に帰つており、また番頭の中村林司夫婦は休暇をとつていていずれも本件建物を留守にしており、たまたま原告からその留守の間旅館営業の監督を依頼されていた中村フサが本件建物に滞在していたこと、本件建物には玄関外側の鴨居に「中村和三郎」名義と「合資会社中村商会」名義の二つの表札が、また玄関を入つて左側にある下駄箱の上方の壁にはいずれも原告の氏名を記載した新潟市保健所の「食品衛生許可証」と新潟県の「遊興飲食税特別徴収義務者証」が掲げられていたこと、浜口執行吏は右玄関から本件建物に入つたが右標札や証票には何ら気がつかず、本件不動産引渡命令の債務者である中村フサに面会し、本件建物が同人の占有であり、同人のほかには独立の占有を有する者はいないと信じて本件引渡執行にとりかかつたこと、その際中村フサは浜口執行吏に対し本件引渡執行を延期するよう主張し、本件建物が原告の占有であることをほのめかすような発言もしたことが認められ、(証拠省略)の記載ならびに(証拠省略)のうちこの認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
思うに執行吏は不動産明渡の執行にあたつては先づ第一に目的不動産が何人の占有にあるかを調査する職務上の義務がある。そして、家屋に掲げられた門表、表札、名札、看板、営業許可の証票等はその占有者を外部に表示する有力な手段であるから、家屋内の使用占拠の状況のみならず、これら表札等の有無、その記載にも留意し、表札等の表示と屋内の占拠者が別異の人格であるなどして疑問のあるときは、立会人その他の関係者らに質問して判断の適正を期するよう注意する義務がある。本件においてもし浜口執行吏が前記認定の表札、証票のいずれか一つに気付いていたならば、中村フサの本件建物の単独占有であることに疑問をいだいたであろうし、右疑問の解明のため債務者その他に対する質問によつて原告の本件建物占有を認め得たであろうことは前記認定事実に照らし容易に推定し得るところである。しかるに本件引渡執行に際し前記表札、証票等に何ら注意を払わず、且つ中村フサから前記認定のような非常にあいまいな形ではあるが異議がでたにも拘らず漫然と本件建物が中村フサの単独占有であると認めた点で浜口執行吏の行動は軽卒のそしりを免れず、本件執行にはこの点で同執行吏の過失があつたというべきである。したがつて本件引渡執行は違法であることを免れない。
四、そこで原告主張の損害のうち、まず旅館営業利益の損失について判断する。
中村フサが村山石男に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円の支払債務を負担し、昭和三〇年三月九日右村山の債権のため本件建物に抵当権を設定し、同日その旨抵当権設定登記を経由したこと、右抵当権の実行の結果原告主張の本件建物についての不動産引渡命令が発せられたことは当事者間に争いがない。ところで前記認定のとおり、原告が本件建物を中村フサから賃借したのは昭和三〇年一二月一〇日であり、その存続期間は二〇年であるから原告の右賃借権は右抵当権者村山石男に対しては勿論、右抵当権の実行により、本件建物を競落人に対しても対抗し得ないものである。そして(証拠省略)によれば、右抵当権の実行の結果村山石男は昭和三二年一〇月頃本件建物を競落し、右競落許可決定後の昭和三四年六月六日右競落代金を納付したことが認められこれに反する証拠はない。右事実によれば村山石男が本件建物について競売法第三三条により所有権移転登記を了したことが推認されるから、右登記の日が本件引渡執行の前後であるとを問わず、村山が右競落代金を納付して本件建物の所有権を取得した日から原告の賃借権は村山に対抗できない。そして、原告主張の旅館営業利益の損失は本件建物賃借権の侵害によるものとであり、右賃借権が村山に対抗し得ず、原告は即時村山に本件建物を明渡すべき関係にあり営業利益の生ずべき法律上の根拠がなく、村山の委任を受けてなした浜口執行吏の本件引渡執行の結果は実質上の権利関係に合致しており、被告が原告の賃借権を侵害したことにならず、したがつて営業利益の喪失による損害を与えたことにもならない。
五、次に原告主張の別紙物件目録記載の物件の紛失について判断する。
(証拠省略)によれば、原告は別紙物件目録記載番号一ないし二二、二四ないし二六、三〇、三七、三八、四二ないし五一、五三、六一ないし六四、六八、八一、八二、八八ないし九二、九四、九五、九八、一〇七ないし一〇九、一一二ないし一一七、一二〇、一二二ないし一二七、一三〇、一三二ないし一三四、一三七、一三八、一四二ないし一四六の各物件を新潟市内の小売店等から買入れて本件引渡執行当時本件建物に使用保管していたこと、本件建物は右引渡執行により右認定の物件を殆んど残したまま村山に引渡されたこと、その後昭和三五年五月六日原告主張の仮処分決定による動産の保管替執行がなされた(この点は当事者間に争いがない)か、右認定の物件は右保管替執行の前後であるか否かは別としてすべて紛失してしまつたことが認められ右認定に反する証拠はない。原告主張の別紙物件目録記載の物件のうち、右認定した以外の物件については、これらの物件を買受けた旨(証拠省略)の一部および(証拠省略)の結果はたやすく措信できず、(かえつて(証拠省略)によればその大半の物件は中村フサが合資会社中村商会に売り渡したものであることが認められる。)他にこれらが原告の所有に帰した事実を認めるに足る証拠はない。また被告は、前記認定の原告が買受けた物件には原告主張の仮処分が執行された物件が含まれていると主張するが、これを認めるに足る証拠はない。そしてこれまで認定してきた事実関係からすると右認定の紛失した物件は本件建物の引渡執行がなされていなかつたならば紛失しなかつたであろうと考えられるから右引渡執行が浜口執行吏の前記過失により違法である以上、被告は原告に対し右物件の紛失による損害の賠償をなす義務がある。
そこで、右損害の額について検討するに、右紛失した物件は後記認定のような性質のものが多数であつてその一々につき損害額を厳密に算定することは至難であり、結局物件の性質および状況と経験則の上に立つて右紛失物件全体について損害額を総括的に算定するのもやむを得ないところ、(証拠省略)によれば、右紛失物件は原告が旅館営業のため使用していた寝具、家具等が大多数であることが認められ、右事実に(証拠省略)によつて認められる中村フサが中村商会に昭和三〇年一二月一〇日売却した物件の種類、数量、価額と対比しかつ弁論の全趣旨を総合すれば、右物件の紛失により原告の蒙つた損害は前記認定にかかる物件の原告主張総額約九〇万円の約半額にあたる金四〇万円と認めるのが相当である。
六 以上の説示のとおり原告の被告に対する本訴請求は前記物件の紛失による損害として金四〇万円およびこれに対する右違法な本件引渡執行がなされた日の後であり、しかも記録上本訴状送達の翌日であることが明らかな昭和三七年七月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める部分に限つて理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないものとして棄却することとする。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用し、仮執行宣言の申立については相当でないから却下することとして主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺一雄 宮本増 広田富男)
物件目録(省略)